2018年11月19日

11月19日の記事





11.17(土)

明け方に布団に入ったものの強烈な腹痛で目を覚ました。便所に行き、再び布団に入ったが、深くは眠れないままだった。日が昇り明るくなってくると妻と娘が起きてきたので、私も起床し、顔を洗ったり着替えたり出掛ける準備をした。週のアタマの方で「久しぶりに旅行でも行きたい」と急に思いついたので妻に相談したら、彼女も乗り気になり、淡路島に行く事にしたのだった。

娘の機嫌も体調も良く、予定よりも早く準備ができ、淡路島に向かって出発した。車内での娘も機嫌が良く出だしは順調だったが、尼崎あたりでゴリゴリの渋滞につかまる。迂回するために下道に降りるも、下道もクソ混んだ状態で全く進まない。おまけにカーナビに余計な迂回をさせられ時間だけがドンドン食ってしまい、僕の機嫌が最高に悪くなった。悪態をつきまくり周りのモノ皆傷つけた。

泣いている妻も娘も無視して、前の車をガンガン煽ったり、隣の車に叫んだりしながら、神戸市内をなんとか抜けると嘘のように車がなくなり「神戸線なんか二度と通るか!ボケカスゥ!!」と叫んでいると、明石海峡大橋に差し掛かったので箱乗りしながらハンドルをさばくほど興奮してしまった。こんなデカい吊り橋見たことねぇ。休憩らしい休憩もなくドライブし続けていたし、昼飯時だったので淡路SA・ハイウェイオアシスに立ち寄り、そこで高級な昼食(玉ねぎ醤油ラーメン・しらす丼・タコ飯牛飯の弁当)をとった。味と値段が一致していないので不満しかなかったが、SAなんてものはそういうものだから諦めた。





そこから、イングランドの丘という場所に行った。公園と遊園地と動物園と植物園が合体した様なよくわからない施設だった。事前に雑誌などで調べた限りでは、コアラが見れたり、ウサギや動物と触れ合えるので、娘のためにちょうどいいと思ったが、実際に来てみると娘は気に入らなかったらしく、動物には何の興味も示さずに死んだ魚の目をしてバギーに乗って踏ん反り返っていた。エミューを見た時に唯一「おっ」と声をあげて反応した。それと、太ったカップルが目の前を通った時に「おぉー」と手を叩きながら謎の奇声をあげていた。娘よ、さすがにそれは失礼だ。

イングランドの丘を出る頃にはいい時間だったので、当日予約できた宿に向かった。中心地の宿は当然いい値段がする。値段の安いもの安いものを選んでいくと辺鄙な場所になっていくが、それでも「屋根と布団があればいい」と思って選んだ宿だったのだが想像以上に何もなかった。(つげ義春の貧困旅行記に登場しそうな風情で考えようによってはアタリであったが。) 当日予約なので当たり前に素泊まりだったが、部屋でスマホで少し調べたくらいでは、近くに飲食店もなさそうだし、コンビニすらなかった。ダメ元で聞いた宿の夕食も急ではやはり用意できない。結局、宿の近くで飲食店がありそうな場所は元のイングランドの丘付近で、結局そこまで戻り、最初に目に付いた適当なカフェに入って夕飯を取った。私は淡路玉ねぎフライカレーを食べた。意外なことに味は凄く美味く、スパイスカレー的なるものでは最近の中ではトップクラスだった。だけれど客が全くいなかった。飲食店で土曜日の夜であの客入りは逆の意味ですごい。立派なパトロンがいて「趣味でカフェやってます」みたいな営業スタイルに違いない。

それからコンビニで酒やお菓子や夜食を買い込んでパーティー気分で宿に戻った。安宿だが、風呂はちゃんとした温泉だったし、何よりも女将と仲居のババアが「中身は志村けんかな?」と思うくらいの味とクセがあった。もうそれだけでお釣りがくるぐらい旅情があり満足して、風呂上がりにビールを飲んでテレビを見ていたら、クソ神戸の渋滞のせいで疲れたのか眠かったのか愚図り出した娘と布団でゴロゴロしているといつの間に寝てしまい、宴会するのを忘れた。






11.18(日)

早く寝たせいか早く起きた。早朝からお尻を汚した娘を連れて朝風呂に行き、それからゆっくり身支度をして宿を後にした。宿からすぐの「うずの丘 大鳴門橋記念館」に行く。そこには直島の草間彌生ばりの大きな玉葱のオブジェがあり、インスタ映えジャンキーを魅了してやまないスポットであった。館内には玉葱UFOキャッチャーなるモノがあり、妻がチャレンジしたところ見事に1発で成功し、景品として淡路島の玉葱を1.5キロ分もらった。観光バスでワラワラと現れたジジイ、ババアから「おぉー」と拍手をもらい、館のスタッフは鐘を鳴らしながら祝福してくれた。妻はこの5年で1番いい笑顔を見せていた。そうこうしている内に施設内の飲食店も営業がはじまり、そこに全国ご当地バーガーグランプリの1位と2位を取ったというハンバーガーがあったので、それを朝食に食べた。それが1位を取るクオリティの味なのかどうかは私にはわかりかねるが、ファストフード店のものなんかよりは確かに遥かに美味かった。





それから大鳴門橋を渡り徳島県へ向かった。途中で渦の道という、うず潮を大鳴門橋から覗き込める、という施設に立ち寄ってみる。潮の満ち引きの関係で渦が起こるらしいので、立ち寄った時間帯ではうず潮は見れなかったが、高さ45mから覗く鳴門海峡は迫力があったし、施設の真上を高速道路が走っているので、恐ろしく揺れてスリル満点であった。妻は恐ろしさのあまり震えながら四つん這いで展望していて最後は泣き崩れていた。

そんな風に何だかんだしていたら、昼飯時になったので徳島市内へ移動して「いのうえ」という名のうどん屋に行った。グーグル先生に教えてもらったもので、香川県の製麺所で修行した店主が独立後に徳島県で開店した店らしい。確かに大変に美味いうどんだった。御坊の丸亀製麺に見習って欲しい。娘もブリンブリンに食べていた。

それから徳島港へ行き和歌山行きのフェリーを待った。普段からどこかに行く時は、往路と復路を別にしてできるだけ円になる様にルートを取りたい。「同じ道をできるだけ通りたくない。左に出発したら右から帰ってきたい」と子供の頃からずっと思っている。今回はそれに加えてクソ神戸線を通る事に抵抗があったため、割高ではあったが帰路はフェリーを選んだ。安心を買った。





出発までまだ待ち時間が少しあったので、妻と娘を車に残し、徳島港のすぐそばにある「太陽」というラーメン屋に1人で行った。本当は昼飯に徳島ラーメンにしようと考えていたが、娘の事を考えるとうどんの方が賢い選択だったのだ。しかし、旅の記念にどうしても私は徳島ラーメンを食べたかった。

「太陽」は門構えから最高の店で、地元のおっさんで溢れ返る俺の求めるラーメン屋、そのものだった。中華そば!としか呼ばないルックスで、しかも食べたことのない独特の味付けで嬉しかった。その土地ならではのモノを口にできた。知らない町に来た甲斐があった。うどんで膨れた胃袋にもスルスル入っていった。気分が良くて仕方がなかった。それからフェリーに乗り込んで和歌山港に向かった。

フェリーでの移動中はほとんどゴロゴロしていたので、あっという間に和歌山港に着いた。そして真っ直ぐに自宅に向かい車を走らせた。フェリーの時間分、運転の疲れがなかったので、夕飯も外食にして御坊の焼肉の名店・牛心に行き、地元だが旅行気分を演出して、いつもは絶対に頼まない贅沢な肉を頼んで、腹も胸も満たして素晴らしい小旅行の幕は降りたのだった。


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Posted by スギーリトルバード at 21:30│Comments(0)日記
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